令和5年 新年を迎えるにあたって 理事長 出上 俊一
年頭のご挨拶
新しい年を迎え心からお喜び申し上げます。新型コロナウイルス感染症の感染拡大から3年目となった2022年は、これまでを遥かに上回る感染の波が押し寄せました。また、昨年は、社会経済が刻一刻と変化する一年であり、その変化に如何に対応していくべきかを考え続けてきた日々でした。新年を迎えるにあたって、まずは、現在を正しく認識し、そして、高齢者福祉における質の向上と市民福祉への貢献を目的に、弛みない歩みを続けていきたいと考えております。
新型コロナウイルス感染症の猛威は、依然、予断を許さない状況が続いており、グローバル化が進んだ経済活動を通じて瞬く間に全世界に波及しました。診断のための検査の確立、ワクチン接種の進展や治療薬の開発・承認が進んでいます。しかし、2022年10月以降、新たな新規感染者数は増加に転じており、第8波が本格化する兆しをみせています(2022年12月現在)。周知のように、2020年1月から今日に至るまで、新型コロナウイルス感染症は、人類の生命を直接脅かすに留まらず、全世界の社会経済に深刻な影響を与え、人々の社会経済行動に変化を強い続けています。他方、近年の自然災害は激甚化・頻発化しており、災害リスクの増加も指摘されています。
これからの私たち神戸市老人福祉施設連盟の各施設が備えるべき3つのリスクに対応することを整理し、介護保険事業者の現状と次期介護報酬改定の動向に向けて、持続可能な介護保険制度に対応する取り組みを加速させる一年でありたいと願います。
- 新たな感染症のリスク
2022年、新型コロナウイルス感染症の影響が続くなか、新たな感染症が各国から相次いで報告されました。WHOが、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態に該当すると宣言した「サル痘」の患者が7月に国内で初めて確認されました。政府は、既に関係省庁と連携し、検査や患者の受入体制を整えています。予防・治療は、天然痘向けのワクチンと治療薬が有効とされ、治療は対処療法が基本です。アフリカの流行では致死率が3~6%程度とされていますが、警戒を怠ることはできません。
一方、原因不明という子どもの急性肝炎の報告が欧米を中心に相次いでいます。原因は特定されていませんが、英保健安全局は6つの仮説を挙げており、特に関与が疑われているのは、呼吸器や消化器の病気を起こすことで知られるアデノウイルスです。現時点で考えられる対策は、アデノウイルスなどへの感染防止となります。アデノウイルスは、アルコール消毒に抵抗性があるため、せっけんでも手を洗うことが大事だと報告されています。
- 終息の見通せない地政学リスク
新型コロナウイルス感染症のパンデミックはサプライチェーンに混乱をもたらし、企業の業績に影響を与えました。また、これを契機とする各国政府の景気刺激策によって消費増が進み、同時に行動制限緩和に伴う急速な需要増が進んだことで、物価が押し上がりました。さらに、ロシアのウクライナ侵攻によりエネルギーや食糧の価格が上昇し、各国で深刻なインフレが起きています。近年、中国やインドなどの経済成長に伴って食糧、飼料、バイオ燃料向け農産物の需要が増したことを背景に、食糧需給は世界的に逼迫する傾向にありました。ウクライナにおける紛争により、輸入が滞ったため、両国からの輸入小麦に依存していた中東・アフリカ諸国の中には、食糧不足に陥る可能性がある国も出現しています。穀物供給の途絶リスクが比較的低い日本においてさえも、穀物価格は上昇し、さまざまな食品の価格を押し上げ、消費・生産・投資の減少や経済成長の鈍化につながるおそれがあります。
こうした世界各国での物価上昇が続く中、日本では、資源高や円安で上昇する物価に賃金の伸びが追いつかない状況が続いています。政府は、物価上昇に負けない継続的な賃上げを企業が実施しやすい環境整備を進める考えを示しましたが、先行きは不透明な状況です。
- 自然災害のリスク
今後、建設から50年以上経過する施設が加速度的に増加するとともに、気候変動の影響による水災害の激甚化・頻発化、災害リスク地域への人口集中、高齢単身世帯の増加による防災力の低下などの課題が指摘されています。東京都が新たに公表した首都直下地震の被害想定では、オフィスビルやタワーマンションの増加といった都市防災の課題を浮き彫りにしました。神戸市も同様の課題があると考えます。そこで重要視されているのが事業継続計画(BCP)であり、それを実効性のあるものにするためのPDCAサイクルです。BCP策定に際して注意すべき点は、大規模広域災害では被害想定を固定化せず、自組織が被災して機能不全なることを想定すること、そして、その上で被害を最小化し、かつ素早い回復を目指すという考え方が必要であると考えます。そのために、被災後の組織の回復力(ビジネスレジリエンス)が担保できるBCPの策定が求められています。
介護保険事業者の現状と2024年度 介護報酬改定の動向
前述した3つの外部環境のリスクに加え、事業運営の根拠となる介護保険制度にも様々な課題が顕在化しており、2024年度の介護報酬改定を注視していかなければならない状況にあります。
厳しさを増す介護保険事業者の経営環境
国内外の情勢変化によって、光熱費や燃料費、食材費などのコストが高騰し、人件費の上昇といった多重な要因によって介護事業者の経営を圧迫しています。従前、深刻な人手不足や競争の激化に苦しむ事業者は多くありましたが、そこに新型コロナウイルス感染拡大という災禍が起きました。前年まで頼りになった公的な支援策も効果はすでに薄れており、サービスの利用控えは幾分緩和されましたが、かかり増しの負担を含め、その影響は根強く残っているといえます。介護職員の給与は、離職率の高さや他産業との賃金格差などの状況を改善することを目的に創設された介護職員処遇改善加算によって、著しくではありませんが増額してきました。昨年10月には、介護職員ベースアップ等支援加算も創設されました。しかし、まだまだ全産業の平均収入と格差のある介護職員の収入は、物価上昇によって目減りしていることが実状です。こうした状況の中、介護事業を営んでいる企業が規模拡大を目指すほか、異業種から介護業界に参入を目指す企業が増えています。新型コロナウイルス禍による経営環境の悪化で外部から支援を得たい事業所側と市場拡大が見込めて社会的意義も示しやすいとみるファンド側の双方の事情も背景にあります。資金力のあるファンドが主導し、中小が乱立する介護業界で再編が進む可能性があります。
2024年度 介護報酬改定の動向
2022年9月、介護保険制度見直しに向けた議論が社会保障審議会の部会で本格的に開始されました。要介護認定者や介護費用の増大を踏まえ、制度の持続性を高める方策が検討されており、論点は大きく6つ示されています。①2割・3割負担の対象者拡大、②ケアプランの有料化、③要介護1・2の訪問介護と通所介護を介護予防・日常生活支援総合事業へ
の移行、➃特養入所要件を要介護1以上へ見直し、⑤訪問介護+通所介護の新サービス創設、⑥多床室の居室料負担の見直し(老健等)。介護保険制度創設以降、介護保険の給付費
は3.2兆円から10.1兆円と3.1倍に増加しており、少子高齢化が続く以上、社会保障制度は今後も変わり続ける可能性があります。ただ、経済、そして社会情勢を十分に考慮しなが
ら、高齢者がどこまでの負担増なら可能なのか、丁寧な議論を進めてもらいたいと考えます。また、社会保障の負担増の議論は、今の高齢者だけでなく、現役世代の今後のキャリア設計にも大きな影響を与えます。従って、私たちは変化に順応しながら安心して長期間、働くことのできる職場環境の構築を進めていく必要があります。
持続可能な介護保険制度に向けた取り組み
2024年度の介護報酬改定は、今後の事業所運営を左右する激変の可能性をはらんでいます。一方、政府は、介護職員の離職を防止し、定着促進に向けた労働環境や処遇改善等の総合的な介護人材確保対策を国レベルで推進しています。その理由として、介護職員の人材確保は介護保険制度の制約条件となっているからです。持続可能な介護保険制度の実現のためには、恒久財源を確保し人材不足を改善していくことが重要であると考えます。介護職員の離職を防止し、定着促進に向けた対策を講じながら、持続可能な介護保険制度に向けた4つの取り組みが必要であると考えます。
第1に、認知症対応力の向上です。高齢化に伴い認知症を抱えながら身体疾患の治療を受ける高齢者が急増することが予測されています。高齢者福祉における専門職の対応のあ
り方は、認知症の人のQOLを左右することが指摘されています。なかでも日常生活全般にわたって多くの時間、関わる介護職員の認知症に対する知識の有無や包括的に捉えるアセ
スメント能力、それを踏まえたケアのあり方は極めて重要です。認知症対応力向上のために、研修を開催するだけに留まらず、研修プログラムの評価を含めた取り組みが必要です。認知症に関して2022年、アルツハイマー病の新薬候補が大規模臨床試験で症状の悪化を抑制したと報道がありました。この新薬候補に期待されるのは長期の有効性であるため、10年間投与すれば病気の進行を3~4年遅らせることができる可能性があります。現時点では、まだ十分なデータはありませんので、今後の研究も期待したいと思います。
第2に、看取り介護の充実です。日本では超高齢社会の進行に伴い、多死社会が到来するといわれています。特養は、2006年に実施された介護保険法の改正により、看取り介護加算が算定できるようになりました。特養での看取り介護に経済的な裏付けがなされるようになったことを背景に、近年では特養において入居者の看取り介護の実践を要請されることが増加しました。看取り介護の質向上には、教育研修や経験によって身につけた具体的な知識や技術、看取り介護の目標や基準、さらには経験の積み重ねに基づく自信が多様な看取り介護の実践に結びつくことが明らかになっています。ACP(Advance Care Planning)の実践を前提にした看取り介護の取り組みが特養に求められています。
第3に、テクノロジー活用による業務負担軽減の促進です。福祉・介護現場の担い手不足解消やそれら業務の専門性の向上のための方策として、介護ロボットやITの活用が考えられ、厚生労働省の「介護現場革新プラン」においてもその考え方が示されています。介護ロボットの開発は進んでおり、移乗介助、移動支援、排泄支援、入浴支援、見守り支援、コミュニケーション支援などで普及し始めています。IT 分野においては,介護記録のIT化が進んでいます。各種センサーや外部システムとの連携、介護報酬請求の作成などを実現しており、情報利活用の基盤となってきました。介護職員の人材不足が社会的課題となる中、介護サービスの持続的提供を維持するためには、新しい技術の活用は不可欠です。事業所の実状に応じた方法論により、介護ロボットやITの導入が促進することを期待しています。
第4に、外国人介護人材の受入です。外国人介護人材の受け入れ制度・政策としては現在、EPA、在留資格「介護」、技能実習生、特定技能の4つの選択肢があります。2018年後半から、日本国内の介護事業者や人材斡旋業者の間で外国人介護人材の受け入れに関する動きが活発になってきました。神戸市老人福祉施設連盟加入施設における外国人介護人材雇用状況も、2020年1月には168人でしたが、2022年8月には458人と2.7倍に増加しています。一方で、外国人介護人材の日本語習得状況による情報共有とコミュニケーションの課題、生活や文化的背景の違いによる相互理解の難しさ等、外国人の不安が見られることも明らかになっています。外国人介護人材が生活者として安心して暮らせる環境をつくることが、結果的に継続的したモチベーションを保ち働くことのできる職場につながっていくものと考えられます。どのような組織的社会的支援が必要とされるのか、外国人介護人材自身の言葉に耳を傾け、検証していくことが今後の課題です。
近畿老人福祉施設研究協議会 兵庫・神戸大会の開催
2022年の開催が延期となっておりました、近畿老人福祉施設研究協議会 兵庫・神戸大会が2023年7月27日~28日の2日間、開催されることが決定いたしました。テーマを「ダイバーシティケアサミット インKOBE」として、多様性をキーワードに直面する課題について、集う、交わる中で共に考え、発信し、学び合える機会にしたいと考えております。豊かな高齢社会に向けて、地域の多様性を生かした住民主体のまちづくりの方策を見い出すことが、より一層、現実的な重要課題となってきています。持続可能な共生社会を目指した新たな一歩となる大会となるよう皆さまのご協力をよろしくお願いいたします。
高齢者の皆さまが安心して過ごせるよう我々も一層の努力をなす所存でございますので、これまでにも増してのご支援とご理解を賜りますようお願いして年頭の挨拶とさせていただきます。